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大阪高等裁判所 昭和38年(ネ)589号 判決 1963年11月26日

控訴人 被告 立川初枝

訴訟代理人 山本敏雄 外一名

被控訴人 原告 楠原豊

訴訟代理人 高坂安太郎

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二番とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出援用認否は、

控訴代理人において、被控訴人先代(債権者)と訴外猪崎春次(債務者)との間の代物弁済予約上の履行請求権は、予約及び仮登記の時である昭和一九年三月三日から一〇年の経過により昭和二九年三月三日を以て消滅時効が完成したから、目的物の所有権取得者たる控訴人において、右の消滅時効を援用する、と述べ、

被控訴代理人において、控訴人は訴外猪崎から、同人の被控訴人に対する債務を弁済すると称して本件建物を著しく安価で買受けながら、右弁済をしないので、被控訴人は昭和三五年三月一二日付書面により弁済の機会を与えたにも拘らず、猪崎も控訴人も弁済をしないので、已むなく被控訴人は代物弁済により所有権を取得したもので、何等信義に反せず、権利濫用となるものではない、と述べたほか

原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

理由

本件建物(原判決添付目録記載のもの)を、被控訴人先代楠原虎治郎が訴外猪崎春次に対する貸金二七、〇〇〇円の担保の趣旨で昭和一九年三月三日付を以て同人との間に代物弁済の予約を為しこれを原因として同日付所有権移転請求権保全の仮登記を為した後、右貸金債権と予約上の権利を相続によつて承継取得した被控訴人が昭和三五年三月一五日に至り、右訴外人に対して債務不履行を理由として右予約完結の意思表示を為し、本件物件の所有権を取得したので、これにより右訴外人に対して所有権移転の本登記手続を為すべきことを裁判上請求し、被控訴人勝訴の判決があり、確定したことは、成立に争のない甲第一、二号証の各一、二と被控訴人本人尋問の結果によつて明白であり、右認定に反する証人猪崎春次の証言は措信できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。そして控訴人が、前記被控訴人先代のための仮登記のなされた以後に、訴外猪崎より本件建物を買受け、その所有権を取得した者であることは、前掲甲第二号証の一、二と証人猪崎春次、立川正国の証言、控訴人本人尋問の結果により認められる。

ところで、仮登記により順位の保全を得た代物弁済予約上の権利者が、予約上の権利行使によりその目的物を取得したとして、右仮登記の順位による本登記手続を求めるについて、右予約上の義務者がさきの仮登記後にその目的物の所有権を他に譲渡したことにより、一応その物の所有者でなくなり、その譲受人が所有者となり、その目的物についての予約権利者の権利行使につき重大な利害関係を有することになつた後においても、なお右目的物の譲渡人たる予約上の義務者のみを相手方として右本登記請求をすることが是認せられていること、及び仮登記制度の目的と機能とに徴すると、かような仮登記後の所有権譲受人も、仮登記権利者との関係では絶対的な所有権取得者とはみなされず、いわば条件付に、即ち、元の所有者と、自己より先順位権利者との間のその物の所有権の帰属問題の解決を条件(恐らくは解除条件)として、その物の所有権を取得したに過ぎない関係に在るものと解することができる(尤もこれは、登記及び仮登記なる公示制度の手続法的機能を、強いて実体法的に還元した考察である)。この見地からすると、右の仮登記後の譲受人は、所有権の取得のみは確定的であるが、ただその上の担保的負担を承継することにより、担保義務者の地位を承継するものとされる抵当物の第三取得者とは異なり、担保関係に関する限り、その目的物について確定的な所有権の承継人ではなく、また直接的な担保義務の承継人となる訳でもなく、仮登記権利者の担保機能は、いわば旧所有者から新所有者への所有権移転の中間段階において行使され、しかもその行使の態容は、右の譲渡人、譲受人に対して第三の権利者として、その所有権自体を譲受人に優先して取得する形において現われ、譲受人は、右の形式による担保権行使が正当である限り、これに介入し得べき権利なく、ただその担保権行使の効果のみを甘受する外はないのである。この意味において仮登記後の譲受人は仮登記権利者に対しては劣位に立ち、二重譲受人の如き同格的地位に在るものではない。かくして所有権の帰属は、右の譲受人の所有権取得に先んじて定まり、譲受人は唯特別の利害関係人として、右仮登記権利者にすでに帰属した所有権の対抗要件の具備にのみ特に関与し得る地位を与えられるに過ぎない。即ち、その地位は特別の利害関係を認められた第三者(但し、対抗要件については物権変動の当事者に準ずる)と同一と解することができる。これが不動産登記法(改正法)第一〇五条の規定する趣旨である。右のように解するときは、仮登記による本登記に同意すべき利害関係人として、右の同意を拒否するための事由としては、担保権利者(仮登記権利者)と担保義務者(所有権譲渡人)間において、先になされた権利行使が正当でないこと、即ち仮登記権利者への所有権移転がその効力を生じないことを以て争い得るに止まり、もし右の所有権移転が右の譲渡人に対して有効である限りは、第三者と同様に、その効果を承認して、対抗要件なる本登記履践に協力するの外ないものというべきである。

以上の関係に在る仮登記後の所有権譲受人が、本件においては控訴人の立場に該当するので、かような控訴人が、さきに仮登記(予約)権利者のなした予約完結行為の効力を争うために、その被担保債権又は予約上の権利の消滅時効を援用し得るか否かについて検討するに、前掲の関係においては、控訴人は債務者猪崎春次の負担する貸金債務、又は予約上の債務そのものの承継債務者、若しくは担保物の第三取得者となるものではないことが明白であるから、現に自己に対して債権者が債権又は担保権を行使するものとして、その行使を争い得る立場にはなく、従つて右債務の消減時効を援用することはできないものといわねばならない。よつて控訴人の時効の抗弁は理由がない。

次に控訴人は、右予約自体が公序良俗、信義則に反するから無効である旨主張するけれども、控訴人がかかる理由で今更被控訴人の所有権取得を争い得るか否かはしばらく措くとしても、本件建物が右予約の成立した昭和一九年(終戦前)当時、控訴人主張のような価値を有していたことは到底容認し難く(固よりその立証もない)、他の無効原因の存在も控訴人の全立証によるも認められない。また控訴人は、被控訴人の予約完結行為が権利濫用である旨抗弁するけれども、控訴人に対し債務代払の機会を全く与えずに予約が完結されたことについては、控訴人の全立証によつても認められず、また、このことだけでは権利濫用の成立するいわれもないから、右抗弁も採用できない。

そうすると控訴人は、被控訴人の仮登記による本登記の順位先占を容認すべき義務があり、被控訴人の登記承諾を求める請求は正当であるから、これを認容した原判決は相当で、控訴は理由なく棄却を免れない。よつて訴訟費用につき民事訴訟法第八九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 岡垣久晃 裁判官 宮川種一郎 裁判官 鈴木弘)

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